ゲンジボタルが生息する清らかな里にあるジビエ処理施設
山口県の北西部に位置する長門市。農林水産業を主な産業とする自然に恵まれたまちで、俵山地区は山間地域に位置する緑豊かな里です。標高672mの一位ヶ岳をはじめとした連山に囲まれた里は、5つの源泉から温泉が湧き出る湯治場として多くの観光客が訪れ、木屋川や音信川などの清流はゲンジボタルの発生地として知られています。“日本の原風景”と言える自然が残る俵山地区にはのどかな時間が流れます。
俵山地区の豊かな自然環境では、シカやイノシシなどの野生動物が生息しています。温暖多雨で真冬でも雪が少ない気候は、野生動物のエサとなる山菜、タケノコ、シイの実、どんぐり、山に自生する栗や柑橘の葉など、一年を通して種類に富んだ食物をもたらします。なかでも栗は地面を覆うほどたっぷりと実り、シカやイノシシは冬に向けて栗の栄養を取り込んで体を肥やし、ナッツ香を肉と脂にのせていきます。
『俵山猪鹿工房 想』は2015年に設立し、シカやイノシシ、アナグマなどの野生動物を食肉として処理加工しています。代表の増野さんは、施設名の『想』にふるさと、野生動物、地域の発展に向けた『想い』を込めました。増野さんの実直な人柄は施設環境にも息づいており、シカやイノシシのおいしさを引き出す処理加工方法を日々磨き、飲食店が安心できるジビエづくりに励んでいます。冬が間近に迫るこの日、工房に搬入されたのは1頭のシカ。増野さんが築いた処理加工とはどのようなものなのでしょうか。
ジビエづくりはスピードが命。おいしさのためなら手間ひまを惜しまない
『俵山猪鹿工房 想』のジビエづくりを担うのは工房長の平原さん。34歳で工房を統括する若きリーダーです。自らも狩猟免許を持つ平原さんは、夜が明けると罠の設置場所を見てまわります。「良質なジビエづくりは、罠の仕掛けから始まります。野生動物は捕獲時にストレスがかかると肉質が劣化するため、罠を仕掛ける場所は人の生活圏から離れた静かなエリアを選ぶようにしています」と平原さん。この日搬入されたシカは、ジビエ生産者としての心得や血抜きなどの技術を習得した、地域の『ジビエハンター』が捕獲したもの。平原さんは工房に入ると解体師としての腕前を発揮していきます。
目を見張るのは、平原さんの解体スピードです。ナイフを巧みに使いこなし、次々と部位ごとに切り分けていきます。「鮮度を保ったまま素早く解体しなければなりません。肉を無駄なく的確に切り分けるには、シカやイノシシの構造を理解しておくことが不可欠。目には映らない肉の深部までイメージできれば、あとは迷いなくナイフを入れるだけです」。国産ジビエ認証を取得した衛生的な工房内では、解体師と時間との戦いが日々繰り広げられています。
精肉加工には平原さんの“料理人への心配り”が光ります。余分な脂のほか、肉に付いた細かいスジも丁寧に取り除いていきます。飲食店にジビエを送り届ける者として、さらにおいしく、さらに調理しやすくなるのであれば、平原さんは手間ひまを惜しみません。平原さんの真っすぐな姿勢は市内外の料理人から信頼されており、『俵山猪鹿工房 想』のジビエは「品質が安定している」「はずれがない」と好評で、そのクオリティの高さは日本を代表するフレンチレストランやホテルにも知れわたっています。
もっとおいしいジビエを、もっとたくさんの飲食店に届けるために
俵山地区ではより良質なジビエを安定的に供給できるよう、『俵山猪鹿工房 想』と『ジビエハンター』で構成される生産体制の強化に取り組んでいます。先頭に立つのは、山口県長門猟友会の会長も務める増野さんです。増野さんは捕獲現場に出向いては新たな『ジビエハンター』に止め刺しや血抜きなどの技術を指導し、猟友会の集まりでは野生動物を魅力的なジビエに加工するための心得を広めています。「ジビエ処理施設と猟友会の連携なくして、おいしいジビエは生み出せません。これまで“やっかいもの”だった野生動物を“おいしいジビエ”として加工することについて猟友会の皆さんはとても協力的で、『ジビエハンター』も着実に育っているので心強いかぎりです」と増野さんは笑顔を浮かべます。
最後に平原さんは料理人の皆さんにメッセージを送ります。「全国にはたくさんのジビエ処理施設があり、特徴や得意分野はそれぞれ。施設ごとのこだわりを知ると、ジビエ選びがもっと楽しくなるはずです。『俵山猪鹿工房 想』のこだわりもぜひ知っていただきたいです!」。鮮度、衛生環境、精肉加工……。『俵山猪鹿工房 想』のジビエには、一言では収まりきらないこだわりが詰まっています。