雄大な夕張山地を望むまちにあるジビエ処理施設
北海道の主要都市である札幌市と旭川市のあいだに位置する美唄市。道内最大の河川・石狩川が流れる田園地帯では、米やアスパラガスなどの栽培が盛んに行われています。そしていま、美唄市の新たな逸品として知られているのがジビエです。南東部にそびえる夕張山地は豊富な植物が自生する、道内有数のエゾシカの生息地になっています。
美唄市中心地から険しい山道を車で進むこと30分、あたり一面には深い森が広がります。風に揺れる木々の音だけがかすかに聞こえる森に、「ピィーッ」というシカの鳴き声によく似た音色が響きわたります。エゾシカをおびき寄せようとシカ笛を巧みに吹く山本さん。ジビエを処理加工する『Mt.』を運営するかたわら、自らハンターとして山に入ります。
『Mt.』が取り扱うのは、北海道の固有種であるエゾシカをはじめ、ヒグマやアライグマなど夕張山地を中心に生息する野生動物です。山本さんたちは手つかずの大自然のなかで栄養をたくわえて厳しい冬を乗り越えてきた野生動物を、こだわりの捕獲方法と処理加工方法で上質の食肉に仕立てます。その生命力あふれるおいしさは、北海道だけにとどまらず全国各地の飲食店から支持されています。
良質なジビエに仕上げるための“揺るぎない信念”
『Mt.』の代表的な商品は、14種類の部位を楽しめるエゾシカ肉です。山本さんはエゾシカの特長について話します。「夕張山地のエゾシカは山菜や新芽を食べて成長し、オスの成獣になると150㎏近くにまで大きくなります。エゾシカは本州に生息するニホンジカよりも体が大きく、ロースやヒレなどの各部位にはしっかりとした厚みが生まれます。肉のボリューム感、料理に仕上げたときのインパクトこそエゾシカならでは魅力です。きっと調理の幅が広がるはずです」
良質なジビエづくりを支えているのが、山本さんが掲げる「撃つ瞬間から調理が始まる」という信念です。『Mt.』のハンターは、“ごく自然体”の野生動物を一発で仕留めます。「『Mt.』のハンターは、頭や首を正確に撃ち抜く技術はもちろん、倒れても体が傷つかない場所か判断する空間把握能力を持ち、野生動物への敬意を忘れません」。山本さんは200メートル先の獲物に標準を合わせると、呼吸を整えてぶれなく狙撃できる体勢に入り、大自然の恵みへの感謝を込めて銃弾を放ちます。
山と同化するかのように静かにたたずむエゾシカを一撃で仕留める……。肉質を追求するからこそ、山本さんは信念をぶらしません。「興奮状態のエゾシカを仕留めると肉全体に血がまわり肉質が劣化します。『この一発が食肉としての品質、飲食店で振る舞われる一皿のおいしさを決める』というハンターの覚悟からジビエづくりは始まります」。『Mt.』では肉質を左右する銃弾の当たり所や捕獲時期などの項目をもとに、搬入されるエゾシカ肉をランク付けしています。ハンターたちはより良いエゾシカ肉を飲食店に届けるため、今日も向上心を胸に大自然と向き合っています。
エゾシカが持つ四季折々のおいしさを届けたい
上質なエゾシカ肉につながるこだわりは、捕獲以降の工程にも散りばめられています。血抜きにはアイヌ伝統の技術を用いて体内の血液を極限まで出します。門外不出の技術が、雑味の無い生命力を感じさせるエゾシカ肉づくりを支えています。処理加工は国産ジビエ認証、エゾシカ肉処理施設認証、HACCPを取得した施設で行い、安心・安全の観点からも飲食店に信頼されています。
エゾシカ1体から14部位を提供できるのは、緻密な精肉技術があってこそ。モモの希少部位にあたるシキンボもきれいに切り出します。山本さんは「ランクが異なっていても、すべて丁寧に精肉加工しています。部位や捕獲時期によって味わいはさまざまです。200gなどの少ロットでも喜んで対応しますので、ぜひエゾシカ肉を料理にお試しください」とにこり。イベントでは、バリエーションに富んだジビエ料理を手掛ける山本さん。ジビエ料理にチャレンジしたい料理人にとって頼れる存在になることでしょう。
メインディッシュやスペシャリテに使われる『Mt.』のエゾシカ肉。特別なひとときを彩る食材として、山本さんはその魅力をさらに磨いていくと意気込みます。「新緑の季節に体を大きくした夏のエゾシカ、厳冬に向けて脂を蓄え始めた秋口のエゾシカなど、四季折々の味わいこそジビエの醍醐味だと思っています。肉屋として、これからも季節ごとの味わいや生命力が感じられるジビエづくりを追求していきたいです」